横浜駅の西口に、いちいち名前を聞かれる立ち飲み屋がある。ネット情報で事前に知っていたので「心の準備」は出来ていたが、知らない人ならきっと驚く。
伝票と注文の間違いを防ぐ為とのことだが、それはそっちの問題でしょうよ、とも思う。個人情報にうるさい現代の日本では、なかなか時代に逆行している取り組みで新鮮だ。
いつも適当な名前を言うことにしている。家長とか梶山とか、好きなサッカー選手の名前にすることが多い。というのも、滑舌が悪く「笹野」と言うと、ガヤガヤした居酒屋の店内では、聞き返されることが多いから。それが億劫なのだ。
「笹野さん」と呼ばれると「ささのさん」になり、随分と「さ」が多く、相手に悪いなとも思ってしまう。こんなに多いの「樹木希林」の「き」くらいだ。だから違う名前を言うようにしている。
問題が一つある。自分の名前ではなく、しかもその場の思い付きで言っているので、名前を呼ばれても全く気付かない。「梶山様、お待たせしましたぁ〜」と言いながら、店員さんが注文した刺身を持って来てくれる。が、自覚が無い。自分の名前じゃないから。
相手の目はこっちを向いている。こっちに向かってくる。そこまでは理解出来るが、いまいちピンと来ない。だって、自分の名前じゃないから。そんなことを、ここに行く度に思う。人って、学ばないなとも思う。
いっそのこと、もっとインパクトのある名前にしてみようかなとも考えた。「マイケルジャクソン」とか「キアヌ・リーブス」とか。でも、その名を毎回呼ばれるのは目立って仕方ない。「マイケルジャクソンが横浜駅の立ち飲み屋でブリの刺身食ってたよ」と確実にTwitterに書かれるだろう。そんなことを許せるほど、こちとら鈍感ではない。
じゃあ「矢沢」というのはどうだろう?やっぱり「よろしく」とか言わないとダメかな?それこそ永ちゃんファンに怒られそうだな。
そんなことばかり考えているのは、いつも一人で飲んでいるからだ。スマホも見ず、テレビも見ない。ニヤニヤと妄想ばかりしているのだ。つくづく「健全」だなと思う。